核兵器のない  世界へ 

  長崎市への原子爆弾投下、第二次世界大戦末期の1945年8月9日午前11時02分に、

アメリカ軍が日本の長崎県長崎市に対して投下した、人類史上実戦で使用された最後の核兵器である。

アメリカ合衆国連邦政府は、長崎市に投下した原子爆弾のコードネームを「ファットマン」と名付けていた。

正式名称はマーク3核爆弾。

原爆の日から74年の月日が経った。。。

戦争が齎すものが…今現在残しているものは大きい。。。 。。。   何故…多くの命が失わなければならなかったのか。。。 

 核が 人間に 何を もたらしたのか・・・・・・・。 今もなお 苦しんでいる人がいる

心の 傷は 消えないんだよ。

戦争は 人を 傷つける・・・。 ただ それだけだ。          

 戦争を知らない子供たち

戦争が終わって 僕等は生まれた

戦争を知らずに 僕等は育った

大人になって 歩き始める

平和の歌を くちずさみながら

僕らの名前を 覚えてほしい

戦争を知らない 子供たちさ

青空が好きで 花びらが好きで

いつでも笑顔の すてきな人なら

誰でも一緒に 歩いてゆこうよ

きれいな夕日が 輝く小道を

僕等の名前を 覚えてほしい

戦争を知らない 子供たちさ

戦争を知らない 子供たちさ  

一発の 爆弾が 地獄をうみだす。 想像もできない 地獄だ。

敗戦が迫った1945年7月25日 大分の保戸島に 米軍戦闘機グラマンが 襲い 国民学校を 直撃した。

電線に子供たちの ちぎれた首や 腕がだらりと ぶらさがる 恐ろしい 光景だったという。

算数の得意な子も

鉄棒をやらせたら ぴか一の子も

笑顔のすてきな子も

一瞬で 飛び散ったのだ

未来が 飛び散った・・・。     

二度と  繰り返しては いけない

これからの子供たちを

戦争のしらない 子供たちに していかなければ ならない・・・・。

私も知らない人間だ

平和の意味を

もう一度 考えてみたいと思う

それが  私たち大人の 使命だ。

戦争は 人を傷つける

 ただ それだけ・・・。

 

          黙祷・・・・・・。   

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